仙台高等裁判所秋田支部 昭和28年(ナ)2号 判決
原告 佐藤清市郎
被告 秋田県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年十二月二十六日附でなした原告よりの訴願を棄却するとの裁決はこれを取消す。」訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として陳述した事実の要旨は、原告は
一、昭和二十七年十月五日施行の秋田県仙北郡外小友村教育委員選挙に当り訴外伊藤衛生(三百六十六票当選)熊谷直亮(二百九十一票当選)佐藤貞治(二百四十八票当選)伊藤虎雄(百三十四票落選)佐々木寅松等と共に立候補し得票数百七十四票で右佐々木寅松と同数であつたため抽籖によつて原告が当選(最下位)佐々木は落選と決定し同月七日当選証書の交付を受けたものであるが、佐々木寅松から同日同村選挙管理委員会に対し原告の得票中に五票の無効投票があるとの理由で異議の申立を為し、同委員会は同月九日右申立を採択してその五票を無効とする旨の決定を為し、即日其の旨告示した。そこで原告は同月二十五日被告に対し右決定の取消を求めるため訴願を提起したところ、被告は原告主張の一票を有効としたが結局四票を無効とし、同年十二月二十六日附を以て原告の右訴願を棄却する旨の裁決を為し同月二十八日右裁決謄本の送達を受けた。
二、しかしながら左の理由によつて右裁決は違法である。
(一) 被告が無効となした原告の得票四票は全部有効である。即ち、
(1) 「十二ケ沢」と記載された投票(甲第一号証)一票につき、裁決は「十二ケ沢」というのは外小友村における原告居住の字名であつて、同村の慣習として互に部落の者を呼ぶのに字名のみを以て氏名に代えて呼称していることは認めるが、単に住所のみを記載した投票を有効とすることはできない」となしているが、本件選挙に際し「十二ケ沢」字から立候補したのは原告唯一人であり、本村における生活慣習としてある部落居住者と他の部落居住者と各相対して会談する際及文通などでは相手方を呼称する際大概「十二ケ沢」とか「湯ノ又」とかその居住部落地名を以てその人の固有名詞に代えて呼称しているから、右投票は立候補者中「十二ケ沢」部落居住者たる原告への投票と解すべきものである。このことは同選挙において「外小友字上野」と字名が記載された投票を同字居住の立候補者熊谷直亮、同伊藤虎雄の有効投票としていることからも明白である。
(2) 「佐藤東一郎」及「サトウト一ロー」(甲第二、三号証)と記載された投票各一票につき、右裁決は候補者でない他の選挙人の氏名を記載したもので無効であるとなしたが、東一郎は原告の父で純朴な当村では同一家族の構成員を他の家族から呼称する場合、その始祖又は主柱者の名を以てするのを常としているから「佐藤東一郎」は原告を指称し又「サトウト一ロー」も同様の意味において原告を指称したものというべきである。
投票は選挙人の知能その他の事情を考慮し、成るべく有効に解すべく候補者でない選挙人に同一氏名のものがいたとしても、選挙人は候補者以外のものに投票する意思がないものと前提して投票の効力を判定すべきものである。
従て「佐藤東一郎」「サトウト一ロー」なる氏名に類似の氏名を有する候補者が、原告以外にはない本件選挙においては「佐藤東一郎」は「佐藤清一郎」の誤記「サトウト一ロー」は「サトウセ一ロー」の誤記と認められ有効である。
(3) 「サトカ一ロ」(甲第四号証)と記載した投票一票について。
選挙人の意思は候補者に対して投票するものであるから、仮りに候補者以外の選挙人にこれと同一氏名のものがいたとしても、同人に投票する意思がないものと解すべく、その筆跡自体からいうても「サトウセ一ロ」と記載する際「セ」を「カ」と誤記したものと認められ原告の有効投票となすべきである。
(二) 村選挙管理委員会が無効とした投票中「万刀サトウセエケロ」(甲第五号証)と記載した一票は本件選挙と同時に施行せられた県教育委員選挙の投票用紙は黒刷で本件選挙投票用紙は赤刷であつたため、知識程度の低い右選挙人は用紙の赤という文字を記載したか又は原告の居住部落十二ケ沢を記載しようとして中途でやめたかのいずれかであるが、兎に角原告に投票する意思を以て「サトウセイチロ」と記載すべきを誤つて「イチ」を「エケ」と誤記したものであり、有意の他字記載ではなく原告への投票として有効である。
(三) 更に訴外佐々木寅松の有効投票百七十四票中には
(1) 「サクラバシササキトラマツ」 (甲第六号証)
(2) 「サクラバシ」 (甲第七号証)
(3) 「サくラバシ」 (甲第八号証)
(4) 「サクラバシ」 (甲第九号証)
(5) 「ザザギ」 (甲第十号証)
(6) 「一ササキ」 (甲第十一号証)
(7) 「さきき」 (甲第十二号証)
とそれぞれ記載された各一票があるが、佐々木寅松には「サクラバシ」なる通称はなく、それは同人の養父某の俗称であり、又佐々木が通称として届出たものでもないのであつて、その記載は地名であるか、人名であるか不明であるから右投票(1)(2)(3)(4)の計四票は候補者の何人を記載したものか確認し難く無効である。又、(5)(6)(7)の各投票も他事記入又は何人に対する投票であるか確認し難いもので無効である。
従て原告の有効投票は百七十五票であり、佐々木寅松は百六十七票となるから、被告の為した裁決は違法である。よつてその取消を求める為本訴に及んだというのである(証拠省略)。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の選挙における原告及訴外人の各得票数、原告と佐々木寅松の得票は同数の百七十四票で抽籖によつて原告が最下位当選者となつたこと、原告主張の如き異議申立、これに対する決定及び原告から被告に対し訴願を提起したところその主張の如き理由によつて棄却の裁決があつたことは認めるが、その余の事実は争う。
即ち
(一)(1)「十二ケ沢」と記載した投票は公職選挙法第四十六条及び第六十八条第一項により無効である。
(2)「佐藤東一郎」「サトウト一ロ」と記載した各投票は佐藤東一郎が実在する選挙人でその筆勢から判断するも、原告に投票したものと認めることができない。むしろ実在の選挙人佐藤東一郎に投票したものと認めるのが相当であり無効である。
(3)「サトウカ一ロ」と記載した投票も右と同様である。
(二)「万刀サトウセエケロ」と記載した投票は公職選挙法第四十八条第一項に該当する候補者の氏名の外他事を記載したもので有意の他事記載であるから無効である。
(三)「サクラバシ」は候補者佐々木寅松の芸名で、その養父の俗称ではない。右は選挙人が佐々木寅松に投票する意思であることは明白である。
「一ササキ」「ザザギ」「さきき」と記載した各投票は有意の他事記載ではない。
と陳述した(証拠省略)。
三、理 由
昭和二十七年十月五日施行された秋田県仙北郡外小友村教育委員会委員の定例選挙に当り原告は伊藤衛生、熊谷直亮、佐藤貞治、佐々木寅松等とともに立候補し、原告の得票数は佐々木寅松と同数の百七十四票で抽籖により最下位で当選したこと、右佐々木寅松から同村選挙管理委員会に対し原告の有効投票中五票の無効投票が存するとの理由で異議の申立を為したが、同委員会は同月九日これを採択して原告の当選を無効とする旨の決定を為し、原告は右決定の取消を求めて被告に訴願し、被告は原告主張の中一票を有効と認め他の四票を無効となして、同年十二月二十六日附を以て右訴願を棄却する旨裁決し同月二十八日裁決書謄本が原告に送達せられたことは当事者に争がない。そこで被告が無効となした四票及その他の原告主張の投票につき順次これを検討する。
(一) (1)「十二ケ沢」と記載した投票について。
成立に争のない甲第一号証の記載及証人伊藤忠右衛門、同加藤喜代治、同伊藤晴一の証言によると、「十二ケ沢」というのは外小友村の字名であつて同村において集会の席などで同一部落の人が一人いるとき、又はある部落のものが一人丈けであつてその人を指称する場合にはその人の居住する部落名を以てする習慣があり原告が十二ケ沢部落に居住しているので、かかる場合に原告を指称するのに「十二ケ沢」と呼称することがある事実を認定し得る。
そして右証人等の証言によれば本件選挙に際し十二ケ沢部落から立候補したものは原告唯一人であることが認められるので、本件「十二ケ沢」なる投票は原告を指称したものと認定するのが相当である。被告は投票に候補者の氏名を記載していないから無効であると抗争するけれども、「十二ケ沢」は本件の場合において原告の氏名に代る俗称であると認められるから、その主張は採用できない。
(2)「佐藤東一郎」「サトウト一ロー」と記載した投票各一票について。
佐藤東一郎は原告の父で実在の選挙人であることは原告の自認するところである。原告は外小友村の如き純朴な農村においては、同一家族の構成員を他の家族が呼称する場合にその始祖又は主柱者の氏名を以てするのを常とし、右は原告を指称したものであり、又本件候補者中右に類似の氏名は原告より外にないから原告を指称したものである。仮りに然らずとするも「佐藤東一郎」は「佐藤清一郎」の誤記「サトウト一ロー」は「サトウセ一ロー」の誤記であると主張するのであるが、原告の提出援用にかかる証拠によつては、原告を指称するのにその父東一郎を以てする事実は認められないし、成立に争のない甲第二、三号証の筆勢からみて「佐藤東一郎」が「佐藤清一郎」の「サトウト一ロー」が「サトウセ一ロー」の誤記とは到底認められない。従つてこの二票は原告の有効投票であるとの主張は採用できない。
(3)「サトウカ一ロ」なる投票について。
成立に争のない甲第四号証及検証の結果によれば「サトウカ一ロ」と記載した投票の筆勢が稚拙である点から考えると、「サトウセ一ロ」と記載すべきを誤つて「サトウカ一ロ」と記載したと認められる。被告は本件選挙当時同名の選挙人があつたので、原告に対する有効投票ではないと抗争し証人加藤喜代治、同高橋正七の各証言によつて、佐藤嘉一郎なる選挙人が本件選挙当時にいたことは認められるけれども、右投票が「セ一ロ」の誤記と認められる以上これと同名の選挙人があつたとしても右認定を左右することができない。
(二) 原告の無効投票中「万刀サトウセエケロ」と記載した投票一票について。
成立に争のない甲第五号証並びに検証の結果によると、右投票の記載は鉛筆書きで文字も稚拙であり秋田県では「イ」をむしろ「エ」と発音するものが少くなく両者の区別が不明瞭なことは顕著な事実であつて、これ等の事実から見ると、右投票中「セエケロ」は「セイチロ」の誤記と認められるけれども右上の「万刀」なる記載は原告主張の如き書損じ又は誤記とは認め難く結局他事記載と認めるのが相当であるからこの投票は無効とすべきである。
従つて被告が無効であるとなした本件投票中「十二ケ沢」なる一票「サトカ一ロ」なる一票は原告の有効投票と認むべきであるが、村選挙管理委員会が原告の無効投票となした甲第五号証の一票、同選挙委員会及被告が無効とした「佐藤東一郎」「サトウト一ロ」なる各一票は無効である。
(三) 更に訴外佐々木寅松の有効投票について審按する。
(1)(イ)「サクラバシササキトラマツ」一票、(ロ)「サクラバシ」二票、(ハ)「サくラバシ」一票について。
証人伊藤忠右衛門、同佐藤晴一の各証言及右証言によつて真正に成立したと認める乙第一号証ノ一乃至四を総合すると、佐々木寅松は同人の亡父兼松が桜橋劇団と称する人形芝居の興行をなし芸名を「桜橋」と呼称した関係から佐々木寅松をも矢張り桜橋と呼称し、同人が経営している店を桜橋商店と呼んでいることが認められるから「サクラバシ」は佐々木寅松の俗称であると認められる。そして(イ)の一票(甲第六号証)「サクラバシ」の左側の記載は片仮名で佐々木寅松と記載したのを抹消し「サクラバシ」と記載したもので有意の他事記載とは認め難く、原告の提出援用にかかる証拠によつては右認定を左右することができない。
(2) 更に(イ)「ザザギ」(ロ)「一ササキ」(ハ)「さきき」の各一票について。
成立に争のない甲第十、十一、十二号によれば、(イ)は各文字を濁音とし更に第二番目の文字を消したように加筆された如く記載され、(ロ)は第一番目の文字上に「一」を記載し(ハ)は第二字が「さ」でなく「き」と記載せられているところであるが、その筆勢、文字の大小などからみて稚拙であり、いずれも書損じ又は佐々木と記載すべきを誤記したものと認められ有意の他事記載とは認められないし又原告主張の如くその記載が不明だとは認められないから、原告が佐々木寅松の無効投票であるとする右合計七票はいずれも有効と認むべきものである。
従つて原告主張の投票五票中二票は有効と認められるが、三票は無効であり又佐々木寅松の有効投票中七票が無効であるとの原告の主張が認められない。そこで結局原告の得票数が百七十二票で、佐々木寅松の得票数が百七十四票であることは算数上明白であり、本件選挙の結果に影響を及ぼさないから被告の為した裁決は正当である。仍て原告の本件請求を棄却すべく訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 西田賢次郎 長谷川信 浜辺信義)